2015年02月08日(日)

パラスペックルの生理機能〜Neat1 KOマウス表現型解析の顛末(5)〜Fin

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Keystone Meetingに初めて参加したのは博士課程の1回生から2回生になる時で、ちょっと背伸びをしたいという気持ちが強くなる時期であったこともあり、学振DC1のサポートをいただいていて旅費や参加費を自腹で出さなくても良かったという事情もあり、上の世代の先輩方があれは良い、あれはすごい、さすがKeystoneだ、と手放しで絶賛されるミーティングはいったいどのようなものだろう、と、いちびって参加したのですが、語学力の問題があり、そもそも基礎知識が圧倒的に不足したことも災いして基本ぼっち状態。最終日のディナーでは微妙な笑みを仕方なく浮かべながらひたすら酒を飲み続ける気味の悪い東洋人の隣に座る羽目になった方々はさぞ気味悪かったと思いますが、一つの夢がはっきりと破れたことを自覚して帰国したのを昨日の事のように良く覚えています。

以来、海外ミーティングは一つのトラウマであったのですが、いつのまにか今ではすっかりワクワクする行事になったのが不思議といえば不思議です。何が変わったのかよくわからないのですが、学生の時に初期発生関連のミーティングに出たときはなんとなく観客者、という立場という意識があったのですが、近頃ncRNA関連のミーティングに参加するときはすっかりオタク化しているのでしょう。ちょっと前まで長鎖ncRNAオタクはエピジェネティックスや核内構造関連のミーティングに紛れ込んで肩身の狭い思いをしながら自分の目当てのアイドルが出てくるのをじっと待っているほかなかったわけですが、2012年に初めて長鎖ncRNAを前面に押し出したKeystone meetingがSnowbirdで開かれた時はずっとお目当てのアイドルが出ずっぱりですから、もうワクワクして仕方がありません。

今回はその2回目。開催地はちょっと不思議な雰囲気の街、SantaFeでした。 Neat1のKOマウスの約半数が著しい妊孕性の低下を示すこと、その原因が黄体形成不全による血中プロゲステロン低下によるもの、ということは島田さんの指導のもとようやくわかりつつあったのですが、肝心の分子メカニズム、つまり、なぜ、黄体形成不全が起きるところについてはまだ詰め切れていませんでした。まだ当分論文にまとめるのは難しいなあと思いつつ、Marching towards Mechanismと銘打ったこのKeystone Meetingで何か良いアイデアが思いつかないかと期待を膨らませて乗り込んですぐ、衝撃の事実が、、、

「なんかDさん、Neat1のKOマウスの表現型の論文出すとかいう噂があるから、あんたの論文、早く出したほうがいいんじゃね。」

えーっつつつ??それ初耳なんですけど。。。こういう本当か嘘かよくわからん出所不明の噂が飛び交っているところも、この手のミーティングの心臓に悪いところ、な訳ですが、ノックアウトマウスの表現型解析で共同研究をしているVIBのクリスさんがポスター発表をしていたら耳元でこそっとそう言われた、と言ってくるではありませんか。

クリスさんからは、ミーティングの少し前に、KOマウスで系統維持しようとしてもできないんだけど、という連絡があって、うん、たしかに妊孕性は低下するみたいだよ、と連絡したら、いや、そうではなくて、産んでもうまく育てられないみたい。もしかしたら乳腺の発達がいかれているかも。それは面白い!脳下垂体からのプロラクチンとか関係あるのかなあ、でもプロラクチンのシグナルは黄体形成ではSTATのリン酸化を見る限り異常なさそうだし、、、と、まあ、知らない人が聞いたらまさにオタッキーな会話で盛り上がっていたのですが、こりゃまずい、さっさと論文にしなくては、と大焦り。

で、Dさんって誰だ?? ふと冷静になって、DさんといえばDさんだろうと言うことで、直接聞くのが一番早い。ここは酔った勢いでええいっ!と、後日、心当たりのDさんに直メルしたところ、

「え?僕んとこやってないよ。」

むむむ。。。よくわかりませんが、正体はわからないけれども今そこに迫った危機がある(らしい)ということで、分子メカニズムはともかく、黄体形成不全と乳腺形成不全についての論文を早急にまとめなければ、ということに相成りました。昼間は興奮続きのセッション。夜は論文書き。で、そのさなかに例のSTAP騒動ももちあがり、もうぐちゃぐちゃ。ほとんど睡眠時間も取れず、パスポート忘れるはiPod touch無くすは時計をなくすは無意識のうちに断捨離をしていたのは神のお告げなのかもしれませんが、帰りしなにStanfordのHoward Changさんのところで押しかけ女房セミナーをさせてもらったところ、「分子メカニズムがわからなくてもそれだけ生理的なメカニズムについては詰められているのであれば論文にしたら、というかしなきゃだめだよ」と、そっと背中を押してもらって(ん、考えてみればパラスペックルがらみの仕事背中を押してもらってばかり、、、)、とりあえずクリスさんと全速力で論文をまとめようということになって帰国後は詰めの仕事をガリガリ。結果、ほぼ同時に、乳腺の仕事と卵巣の仕事を形にすることができました。

とまあ、裏舞台ではいろいろあったわけですが、表舞台でも全く解けていない謎がたくさんあります。一つの大きな謎は、卵巣においてNeat1およびパラスペックルは、常に必要とされているわけではなく、どうやら特殊な環境でのみ必要とされている、ということです。その特殊な環境とは何なのだろう?表現型が約半数の個体でしか見られない時に真っ先に疑われるのは遺伝的な背景ですが、Neat1のKOマウスの場合は調べた限りでは同じ個体が交尾ごとに妊娠できなかったり妊娠できたりするので、おそらく環境依存性。ではその環境とは?交尾のタイミング?相手が悪い?もっと別の原因?やはり環境依存性というのは統計的な揺らぎの範囲の出来事で本当は遺伝的背景?まだまだ謎は深いです。これだから研究はやめられない!

ちなみに、今回の論文、本当にいろいろな人にお世話になりました。そもそも、パラスペックルの個体レベルでの解析をしようというのも廣瀬さんとの共同研究から始まったこと。そして、黄体形成という完全アウェーの分野を噛み砕いてとても身近なところまで導いてくださった島田さん。島田さんを紹介してくださった松生さん、小畑さん。移植をさらりと教えてくださった藤森さん。見えない敵と戦い論文を丁寧に練り上げてくれたクリスさん。ラボのメンバーでは、とてつもない量の掛け合わせと妊孕性試験を粘り強くやってくださったテクの屋中さん、怒涛のin situとqPCRを最高のクオリティーでやってくださった水戸さん、ラボのマネージャー梨木さん。学生の頃は、すべて自分がやるのが「格好いい」、理想は筆頭著者&ボスもしくは単著の論文、などと思っていましたが、今の時代なかなかそうはいかないと思いますし、そもそも、研究というのはその学問を作り上げてきた数多くの先人の肩の上に乗りながらコツコツとレンガを積みあげて行く作業だということを、改めて気づかされたような気がします。そしてその研究を支えてくださっている事務方の方々もいます。当新学術領域の研究期間内にどれだけ知を積み上げることができるかわかりませんが、いろいろな人との繋がりを頼りながら、地道に取り組んでいきたいと思います。

(了)

中川 真一

北海道大学 薬学研究院 教授
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