2017年06月16日(金)

スタートライン

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 初めて化学物質による環境汚染を指摘した古典的名著、「沈黙の春」が出版されてから既に55年が経過しました。執筆者であるレイチェル・カーソン女史はその中で、人間の合成殺虫剤、除草剤の過度の使用に警鐘を鳴らしただけでなく、その解決策についてまで言及しました。この中で”生命の一番小さな単位−細胞と染色体を見つめることによってこそ、神秘を見抜くに必要な、もっと広いヴィジョンを見出せるといっていい”と述べています。

 学生時代にこの本を読んだ私は、大学の講義の中で遺伝子発現制御に興味を持ったことも合わさって、環境汚染が個体に与える影響を遺伝子レベルで研究したい!と思うようになりました。幸運にも卒業研究で生態系において重要な生物でかつまだ遺伝子研究が始まったばかりのミジンコで無脊椎動物に対する化学物質影響のバイオマーカーの開発という研究テーマをいただいたのがミジンコを対象とした分子生物学的な研究を始めたきっかけです。

 前置きが長くなってしまいましたが、10 年前の私は、基礎生物学研究所のポスドクとして化学物質によるミジンコの内分泌撹乱のメカニズムの研究を行っていましたが、遺伝子が整理されておらず、また遺伝子機能解析法もないということで、モデル生物で行われているような遺伝子研究を行うには程遠い状況でした。しかしながら、この 10 年でゲノムが解読されアノテーションも随分と進みました。また、ネオタクソノミのブログ「私の技・カイゼン術」でも以前に紹介させていただいたようにミジンコへのマイクロインジェクション法を確立し、この方法を用いて RNAi や Crispr/Cas、TALEN を用いたミジンコゲノム編集技術を開発に成功し、遺伝子の単離からその機能解析までを行うシステムがようやく整ってきました。

 現在は、内分泌撹乱の研究に関連して見つけた環境依存的に発現するオスの性決定遺伝子 Dsx、また本領域で研究を進めさせていただいている長鎖ノンコーディング RNA、DAPALR などの Dsx 発現制御因子の解析を進めています。昨年末の分子生物学会では、DAPALR の機能解析についてのポスター発表で、優秀ポスター賞を頂きました。学生会員を差し置いて今頃ポスター賞をもらって何が嬉しいのかというお言葉もいただきましたが、分子生物学会で賞をいただけたというのがこの 10 年間の仕事を評価していただいたようで私にとってはとても特別の受賞でした。環境と生命の関わりの神秘を見抜くには、いまだ全容が解明されていない長鎖ノンコーディング RNA を含めた RNA 研究は欠かせません。本領域での DAPALR の作動エレメントと作動装置の解明を幕開けに、遅ればせながら私は今ミジンコの分子生物学的研究のスタートラインをきったところです。

加藤 泰彦

大阪大学 大学院工学研究科 助教
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