2016年06月18日(土)

職人気質(かたぎ)

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シリーズ3:私の技・カイゼン術

 またまた映画の話から。古き良きハリウッドには、多くの職人がおりました。その中でも際立っていたのがアルフレッド・ヒッチコックでしょう。「鳥」、「サイコ」、「裏窓」などで知られるサスペンス映画の巨匠ですが、その映画には数々のトリックや斬新な試みが散りばめられており、映画ならではの効果を追求した職人気質に満ちあふれています。

シーン1「北北西に進路を取れ」(1959年 A. ヒッチコック監督)より

 ふとしたことからスパイに間違えられた主人公。逃避行の末にスパイ本人が待つと知らされたアメリカ中西部の片田舎でバスを降ります。あたりは陽光ふりそそぐどこまでも広がるトウモロコシ畑の大平原、人っ子一人いない時間がとまったような風景で、到底何かが起こるとは思えないのどかな場所です。地元の農夫がやってきてバスで去っていきますが、遠くで農薬を散布している複葉機を見て「ハテ、あの辺には作物はないはずだが」と言い残していきます。・・・主人公はまた一人になります。・・・突然、複葉機が向きを変え迫ってきます(写真上)。これほどの有り余る空間の中で、主人公は頭上から迫りくる複葉機から逃げることができません。ヒッチコックは、複葉機を使うことで鳥の視点から大平原の限られた空間を切り取り、予想もできないスリルに満ちた場面が生み出しました。

シーン2「断崖」(1941年 A. ヒッチコック監督)より

 打って変わって、こちらは閉鎖された室内の場面です。新婚の妻は、謎めいた行動をとる夫に疑いをいただき、いつしか自分は夫に殺されるのではないか、という不安を募らせていきます。ある日の夜更け、病床に臥せった妻に、その夫がミルクを運んでくるシーン(写真下)。モノクロ映像ならではの陰影に富んだ場面で、階段を上ってくる夫の表情は影になって見えません。ただ盆にのせたミルクだけが不気味に白く浮き上がっています。夫がミルクに何か入れたかもしれない、という疑念が募ります。実はヒッチコックは、この心理的な効果を引き出すためにミルクの中に豆電球を入れてわざとグラスを浮き上がらせたのです。ヒッチコックの職人気質の精神は、それぞれの場面に応じてキーとなるアイテムを最も効果的に用いることに注がれました。

シーン3 フォーカスした視点でRNAを見る

 映画の話はつきませんが、そろそろ本題に入りましょう。研究でもフォーカスした視点で対象を見ることが大切です。通常RNA分子にはいろいろタンパク質が結合していますが、それらを検出するのにUVクロスリンク法が有効です。32P標識したRNAに結合したタンパク質をUV照射によって架橋することによって、結合タンパク質を32P標識します。ここで問題になるのは、検出されるタンパク質はRNAのどこかに結合していることは分かるものの、「どの部位にどのタンパク質」が結合しているかを同定するのは容易ではないことです。例えば、300塩基長のRNAをin vitro転写で32P-α-UTPを取り込ませて合成したとします。もしそのRNAに100カ所のUがあれば、そのすべてに標識が入ってしまい、それを用いてUVクロスリンクを行うと、その100カ所のどこかに結合したタンパク質がすべて32P標識されてしまいます。

 ここで、RNAの特異的な部位に結合しているタンパク質だけを検出しようとしたら、どうすればよいのでしょう? そこで、特異的な部位にフォーカスするための技として「部位特異的RNA標識法」を紹介します。こうしたときは、特異的部位だけを32P標識するのです。ただ、これを実現するためには、それなりに面倒な手続きを踏まなくてなりません。おおまかにいうと、標識部位の上流部分と下流部分のRNA(未標識)を別々に転写します。下流RNAの5’末端=標識部位をポリヌクレオチドキナーゼ(PNK)で32P標識し、これを上流RNAとライゲーションでつなげます。こうすると、300塩基長のRNA中で特異的部位1カ所だけに32P標識が入ったRNAができあがります。これを使ってUVクロスリンク実験をすれば、その部位周辺に結合するタンパク質だけを検出することが可能です。

 こうして書くと、なんか簡単そうですね。しかしながら、実際にはいろいろと隠れた工夫があるんです。①T7 RNAポリメラーゼ(T7RNAP)転写産物の末端について、②T7RNAPで転写産物を末端標識する方法について、③RNA同士を正確につなげる方法、についてです。思った通りの部位特異的標識RNAを作るためには、これらの点を一つ一つ注意深くクリアしなくてはなりません。

[下図の①〜③(赤字)を参照]
① T7RNAPは基本的にGスタートです。よって標識部位にはGが適しています(それ以外のヌクレオチドに標識したい場合は、この部分を合成RNAオリゴとし、3つのRNAピースをライゲーションしなくてはなりません。苦労すれば可能です)。またT7RNAPには、余分なヌクレオチドを3’末端に付加するやっかいな活性があります。これを防ぐには、鋳型DNA鎖の3’末端2塩基を2’-Oメチルリボヌクレオチドに置換してやります。つまりこうしたキメラオリゴをプライマーとして用いて増幅したPCR断片を鋳型に転写を行うと、余分な付加が起こらずにピタッと3’末端でとまったRNAが得られます。
② 通常のin vitro転写の場合、5’末端にはトリリン酸が付いていますから、直接PNKで標識することはできません。そこで5’末端にモノリン酸がついた形で転写が開始できるように、転写反応液中のGTP量を通常の1/10にし、その代わりに10倍量のGMPを混ぜて転写を行います。これによってGMPでスタートした大部分のRNAの5’末端をCIPで脱リン酸化した後に、PNKで32P末端標識ができます(下図中の*)。
③ RNAリガーゼは、両末端が正確ではないRNA同士もライゲーションしてしまいます。そこで正確な末端をもつRNA同士のみをライゲーションするために、接続点をブリッジする相補的なDNAオリゴ(下図中の灰色コーム)を混ぜ、正確な末端をもったRNA同士が隣接する状態をつくってやります。そして、そのRNA同士を「DNAリガーゼ」によってライゲーションします。活性はかなり下がりますが、DNAリガーゼは、ライゲーション部位にギャップがあるとつなげてくれませんので、辛抱強く正確なRNA同士をつなげる操作をします。

 どうでしょう? こうしたちょっとしたひねりを組み合わせてRNAを作っていく訳です。言うまでもなく、合成したRNAは、いちいちPAGEゲルで切り出し精製します。上流と下流のコールドRNAをゲル切り出しするには、エチブロなんかで染めてはいけません。UVシャドーイングでRNAの場所を検出し、それをカミソリで切り出します。もちろん、ライゲーション後の部位特異的32P標識RNAも最後のゲル切り出しで精製します。このように手塩にかけて作りあげた部位特異的標識RNA、作るのは面倒ですが、これを用いたUVクロスリンクでは切れ味鋭い結果を生み出してくれます。長いRNA分子中の特異的な部位で起こっていることにフォーカスした視点は、こうした職人気質に根ざした手法によってのみ可能になるのです。 
 上記手法は、今となっては霞がかった自らゲルを刻んでいた古き良き時代の私の技です。しかしゲノムワイドな時代の今、こうした技が威力を発揮するまでにncRNA研究を掘り下げること、これが私の密かな目論見です。


— FIN —
 

廣瀬 哲郎

北海道大学 遺伝子病制御研究所 教授
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