2018年12月19日(水)

コーヒーブレークに肉鍋を

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 本領域5年間を振り返ると、国際交流活動が特に充実していたように思います。毎年、著名なncRNA研究者を日本に招待する機会に恵まれ、多くの国際シンポジウムを開催することができました。こうした海外研究者たちとの交流は、楽しく刺激的であり、また一方でいろいろと考えさせられることもありました。先日のTokyo RNA Clubでのこと、ドイツから来てくれた新進気鋭の若手研究者は、盛んに「日本はウェスタンカントリーにちかくて過ごしやすいよ」と言ってくれました。すると、傍で聞いていた米国の大御所も「前回来たときよりも日本はウェスタン化したんじゃないか」と同調してきました。彼らは明らかに褒め言葉として、現在の日本の印象を口にしているようでしたが、私たちはこうした印象をどのように捉えればよいのでしょうか?

 それは一ヶ月ほど前の広州での国際会議でのこと、チャイニーズフレーバーのきらびやかな会場の前列横一線に着席させられた豪華な招待講演者を横目に、ふと後ろを振り返ってみると、広大な会場に数百人の聴衆が満杯になっていました。しかし彼らは一言も言葉を発することなく、終始静まり返って講演を聞いているのでした。それは何か見てはいけないものを見てしまったような異様な感覚を覚える光景でした。しかし、いざコーヒーブレークに突入すると、その数百人の聴衆は打って変わって水を得た魚のように会場外の広間で大声でおしゃべりを始め、同時にそこには何本もの長い列が現れました。その先には、なんと肉の塊が大量に煮込まれた大釜が据えられており、それを陶器の茶碗にすくったものが次々と配られていました。人々は集い、この肉鍋を満面の笑みでかき込みながら大声で何やら話し込んでいます。そこはコーヒーブレークならぬ、肉鍋ブレークと化していたのでした。・・・さらにその夜、エクスカーションとして広州名物の夜景ボートツアーに連れていかれた時のこと、VIPと書かれた最上階の甲板でド派手な夜景を眺めていると階下の甲板がやけに騒がしいことに気づきました。そっとのぞいてみると、そこには全身白色の衣装で身を包んだ書家らしき「師匠」(写真中央)が難しそうな顔つきで筆を振るっていました。その傍らには「チンピラ風の二人組」(写真左)が控えており、一枚書き終わるごとにやる気なさそうに観客の前にそれを披露します。すると、その横で何やら早口でまくし立てていた「マシンガンねーちゃん」(写真右)が、マイクを握り直して叩き売りのラストスパートをかけてきます。すると驚いたことに、それが次々と飛ぶように売れていくのです。ふと気づくと、一緒に参加していた研究者もいつの間にか丸めた書を懐に抱えていました。それにしても、この三者の連携プレーの無秩序さがすごい、「師匠」「チンピラ男」「マシンガンねーちゃん」のまとまりのない風貌がすごい、香港映画の中でジャッキーチェンが単身乗り込んだ先で登場してくる悪の組織の面々といったアヤシサ満載なのでした。

 こうした光景は、私たちにとって猥雑で節操がなく思わず苦笑してしまう類のものと映ってしまいます。ただそうした中に、この国の底知れぬ活力を感じずにはいられませんでした。そして、一方であのきらびやかな学会会場での押し黙った群衆の姿とのギャップが滑稽にさえ感じられ、ウェスタンカントリーのやり方を無理に踏襲しようとしているよそ行きの姿は痛々しくすらありました。・・・しかし一方で、嘗て日本にも「みてくれ」を気にすることなく前のめりに突き進んでいた時代があったのに違いありません。背広姿でカメラを片手にたくましく分け入っていく躍動感に満ちた頃があったのに違いありません。こうした過度な前傾姿勢は、時代と共にだんだんとこなれていき、日本は適度にウェスタン化したと褒めてもらえる「たしなみのある国」に納まってしまったようです。

 欧米主導のサイエンスの流れの中にあって、日本のRNA研究が長い期間かけて力強い歩みを続け、骨太で緻密な独自世界を作りあげてきたことは、私たちにとって大いに誇るべきことだと思います。本領域の5年間でもそれを踏襲し、米国主導型のncRNA研究とは一線を画して、RNP作動装置の研究によるオリジナルな研究を展開できたと思います。そんな中で世界のncRNA研究もこの5年間で大きく進展しました。ただ裾野が広がった割には深部への理解は遅々として進んでいないことも確かです。そうした中で、本領域で生まれた深部へ切り込んだいくつかの研究は、世界のncRNA研究の中でも新しい流れを生み出すポテンシャルを持っているのかもしれません。ただ、こうしたシーズを新しい流れを形成するまでにつなげていくには、周囲を巻き込む強い主張とそれを裏打ちするための継続的な研究の進展が必要です。本領域はもうすぐ終焉を迎えますが、この領域から生まれた新しい研究が、今後のncRNA研究の方向性を決めるうねりにつながっていくことを期待したいと思います。そのためには、あのコーヒーブレークに肉鍋を食らうような脇目も振らぬ独自の活力を取り戻すこと、そしてマシンガンねーちゃんのごとく熱くそれを発信する姿勢が、今まさに必要だと感じています。

廣瀬 哲郎

北海道大学 遺伝子病制御研究所 教授
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