2014年09月04日(木)

愛情の問題です

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大学に入学して最初に遭遇したカルチャーショックは、教養の動物分類学の授業でした。壇上で無表情に講義をしていたのは、「ヒモムシ」の専門家として知る人ぞ知る著名な先生だったそうですが、その授業がすごかった。奇天烈な海産無脊椎動物の発生過程をひたすら黒板にスケッチしつつ、時折つぶやくようになにやら解説してくれるのですが、その聞き慣れない英語(ドイツ語だったかも?)の専門用語が全く解読不能で、もはやお経に近い感覚でした。

それでも今思えば、先生が発見したヒモムシの幼生のおかげで新しい系統が提唱できたエピソードなど、面白い話の断片は含まれていました。しかし入学直後に遭遇したかくもマニアックな講義に、当時はタジタジになったものです。最初に「分類学の基本的な考え方」の概説が少しでも行われていれば、それなりの心構えが出来たのかもしれません。初っ端からお経のような講義が始まってしまっては、結局つかみどころがないまま私たちは取り残されました。それでも不思議なことに、普段は無愛想な先生が「これは私が見つけたんです」と顔をほころばせながら語る姿は、今でも鮮明に思い出されて、一番忘れ得ぬ授業になっています。私が遭遇したこの風変わりな講義は、研究者の研究対象への深い愛情というおよそサイエンティフィックではない小さな感動を私の中に残したのです。

27年後、奇しくも「RNAの分類学(タクソノミ)」という名前を冠した新学術領域研究を始めようとしています。この新学術領域は、ノンコーディングRNA (ncRNA)という最新の研究対象を、古き良きタクソノミの手法で体系付けていくという新旧のエッセンスが入り交じったところが面白いと思っています。現在のncRNAは、いわば覆面をつけた影の仕掛人のような存在です。その素顔を見たものは世界でも未だほとんどいません。よってncRNAの認識は、単に「変な奴ら」という程度のものです。これはひとえに大部分のncRNAが、大量解析によって現れてきたものだからと思います。そもそも、大量解析によって初めてその重要性に目が向けられたncRNAですが、その反面で個々のncRNAの素顔は未だベールに包まれたままです。

これから大事なのは、あの「ヒモムシ」に向けられたような無類の愛情を、我々も一つ一つのncRNA分子に対して注いでいくということに違いありません。そしてあれこれとRNA分子と十分な対話をし、それを通してこれまで見えなかった意外な性格や隠し技を引き出すことによってncRNAの真の姿が見えてくるのだと思います。きっと私と同じくらいRNAに愛情を注いでくださるであろう班員のみなさん、これから4年半どうぞよろしくお願いします。

廣瀬 哲郎

北海道大学 遺伝子病制御研究所 教授
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