2015年09月16日(水)

4.5SHは蜜の味(2)

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 4.5S RNAH(以降4.5SH)という一目無機質なこの名前。その名の通りSは沈降係数スベトベリのS。Hは、4.5Sの沈降係数を持つRNAをアガロースゲルで展開したらバンドが幾つか見えて、順番に一郎、二郎、三郎ならぬ、A, B, C, ....と名前をつけて行って、8番目の兄弟ということでH。ということらしいですが、HはこのRNAの配列を決定された原田文夫先生の名前のHとかいう噂も、、、ともあれ、このRNAが同定されたのはなんと1980年。DNAクローニング技術が一般的に広く普及する以前の話です。32Pラベルされているとはいえクローニングしなくても電気泳動で分離すればバンドが見えてしまうわけですから、発現量の多さが分かるというものです。シークエンスの決定も今ではなかなか想像できないですが、このRNAを精製してきて、RNaseA(C or Uの3'を切断)もしくはRNaseT1(Gの3'を切断)で切断した断片を二次元ペーパークロマトで展開してフィンガープリントを作成。それぞれのスポットを様々なRNaseで分解して塩基組成と末端配列からフラグメントの配列を予測。さらに部分分解を用いてフラグメントをアラインメント。気の遠くなるようなベンチの作業とデスクでのパズルのピースの組み合わせを経て決定された配列は1980年のNARに発表されています(Harada and Kato, NAR 8, p1273- (1980))。potential functionについての洞察は示唆に富み、とてもエレガントな論文です。
 我々とこの4.5SHの出会いは、多くの劇的な恋がいつもそうであるように、まさに偶然と勘違いから始まりました。

 石田くんの4.5SHプロジェクトがスタートしたのは今から10年前、2005年に遡ります。当時、僕らの研究室では第二のGomafuを探そうと、Fantom cDNAクローンの脳における発現をかたっぱしから調べていました。今ではAllen Brain Atlasがありますからワンクリック詐欺ならぬワンクリックin situで無料画像が見放題なわけですが、毎週毎週、様々なlncRNAの組織特異的な発現パターンが次々と上がってくるのを顕微鏡で眺めるのはまさに至福の時、甘い蜜の味のする時間でありました。候補遺伝子としてのFantom cDNAクローンの選び方は単純。Gomafuの特徴、すなわち、複数のエクソンを持つ、発現量が多い(その領域に複数のESTクローンがはり付いている)、200bp以上のORFがない、という条件でESTを200種類ぐらいまで絞り込み、あとは毎週20クローンずつ脳の切片のin situで発現を見ていったわけです。その時に最初に犯した過ちがリピート配列。何も考えずにそれぞれのFantomクローンの全長でプローブを作っていたのですが、当然多くのものにはSINEやらLINEのリピート配列が含まれており、それを含んだプローブでin situを行うとサインペンで書いたような強いシグナルが核に見えるわけです。様々な遺伝子のイントロンに含まれるリピート配列にクロス反応しているわけですが、最初はそんなことも知らず、なんだこれは、マウスのトランスクリプトームはGomafu様lncRNAだらけではないか!!!と小躍りしていたのですが、ノザンをしてみると違う長さの遺伝子のはずなのにあまりにも同じスメアなパターンを示すプローブが多いことに不信感が芽生え、

<石田くんのノザン (t: total RNA, c: cytoplasmic RNA, n: nuclear RNA)>

ん、これは、、、よくよく見てみると、Gomafuファミリーだと思っていた遺伝子には、すべてプローブにSINE B1配列が含まれているではないですか。プローブにリピート配列入っていたらダメに決まってるじゃないのよおん、と現京大のYoさんに当時この話をしたら大いに呆れられてしまいましたが、それ以来Repeat Maskerを愛用しております。

 ったく素人はこれだから、と自分で自分が情けなくなりましたが、気を取り直し、リピート配列を取り除いたプローブでin situを再開。石田くんのプローブ作製術はどんどん向上して細かいノウハウが蓄積されてきたのはラボにとって大きな財産だったのですが、困ったことに、多くのクローンでシグナルがほとんど出なくなってしまいました。たまに綺麗なシグナルが出ると思ったら細胞質にシグナル。細胞質にシグナルが出るものはmRNAである可能性が高いので却下していたので、Gomafuファミリーの候補が全く上がってこないという状況に陥ってしまいました。RNAseqやマイクロアレイの結果からlncRNAはmRNAと比べて発現量が少ないことがわかっていますが、まさにそのことをいやというほど思い知らされていたわけです。シグナルが出ないのでは仕事にならない。なんとかして感度を上げられないかということで使った禁断の手段が、in situ hybridizationの洗いのステップにおけるRNaseA処理の省略でした。RNAプローブを用いたin situ hybridizationを行う場合、タンパク質や糖などの核酸以外の細胞成分に非特異的に結合したプローブは二本鎖RNA構造を形成していないので、RNaseA処理をすることで簡便に除くことができます。それで劇的にS/N比が向上するわけですが、本当のターゲットRNAにハイブリしたプローブも、そのターゲットRNAがタンパク質で強く覆われている領域では二本鎖RNA構造を作ることはできないので、部分的に分解されてしまいます。核内のRNAでは特にタンパク質で覆われている領域が多いらしく、RNaseA処理を省くと、例えばGomafuの場合、体感的に数倍はシグナルが強くなります。この裏技は現熊本大の嶋村さんに教わったのですが、網膜の仕事で弱めのマーカー遺伝子の発現を見る時など、結構重宝していました。で、このワザを使ったところ、、、シグナル復活!!いろいろな遺伝子で魅力的な発現を確認することができました。小脳だけで発現しているやつ、核膜付近にシグナルがでるやつ、核の中に数個のスポットがでるやつ、そして極め付けが、Gomafuを凌ぐ強烈なシグナルが核にでてくるAK037328でした。プローブに用いた領域をRepeat Maskerにかけても何も出てこない。きたきたきたきた!!と、この時はGomafu2を同定したことを確信して疑いもしませんでした(続く)

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このペースで続けていたら半年ぐらいかかりそうなので次回からは少しスピードアップします。。

中川 真一

北海道大学 薬学研究院 教授
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