まず、両者で共通しているのが、genotoxicな刺激を与えるとp53の下流でNeat1の転写が誘導されるということ。これはsuper-solidな結果だと思います。自分で実験する際にちょっと注意が必要なのはHeLaや293など細胞株の多くはp53が機能していないのでこの現象が見えないことと、p53のシグナルが入りすぎると(理由は不明ですが)Neat1の誘導がかかりにくくなるらしい、ということ。Nutrin-3aによるp53の活性化ですと、5 µMぐらいがちょうど見やすいようです。このp53 -> Neat1のところに関しては、両者、ほぼ同じ結論に達しています。
両者で大きく異なるのが、in vivoモデルでの結果です。
Chrisさんのところでは、WTとKOのマウスの皮膚にDMPA/TPAをぬりぬりする実験系を使っていて、この処理を行うと、変異原であるDMPAが遺伝子変異を誘発し、さらにTPAで誘発される炎症がプロモーター刺激となって腫瘍が形成されるらしいです。で、10日前後で見てやると、WTマウスに比べてKOでは形成されるパピローマの数が少ない。半年以上で見てやると、WTマウスの半分ぐらいでカルシノーマ形成が見られるのに、Neat1 KOマウスでは全く見られない。つまり、Neat1があるとガンになりやすくなる、ということになります。ここ1、2年、高NEAT1発現の患者さんは予後が悪いという報告が中国の複数の研究グループからこれでもかこれでもかこれでもかと異なるガン種ごとに大量に発表されていますが、その報告とも話があっています。Neat1はガン化を促進する悪い奴です。そう。モテ男Neat1は悪い奴。昔からモテ男は悪い奴と相場が決まっています。
一方のLauraさん。こちらでは、膵臓にKRasG12Dを発現させる系を使っています。これらのガン遺伝子を発現させておいて膵炎を誘発するceruleinの腹腔内投与を行うと、1週間ぐらいでAcinar to ductal cellの変化、日本語だと腺房-導管異形成というらしいですが、この前腫瘍変化が、Neat1 KOマウスでは、WTマウスに比べてかなり顕著に見られるようになります。その上、嚢胞性の病変も多く見られるようになる。さらに、KRasG12Dを発現させっぱなしで半年余り置いておくと、WTマウスではそこそこ正常ですが、Neat1 KOマウスだと腺房マーカーががくんと落ち込んで、悪性腫瘍ができる気配満々。つまり、Neat1 KOマウスではガンができやすい。いなくなって初めてわかるNeat1のありがたさ。ごんぎつね、お前だったのか、腫瘍から守ってくれていたのは。こちらではモテ男Neat1、実はいい奴です。
in vivoでは正反対の顔を見せたNeat1。in vitroの実験系ではどうなのでしょう。
Chrisさんは基本的にMCF7細胞を用いて色々な実験を行っています。MCF7においてNEAT1をKDすると、gamma-H2AXのマーカーが上昇してくる上、HU存在下で起きるはずのcell cycle arrestが起こらなくなります。様々なデータが示されていますが、全体としては、NEAT1がp53によって誘導されるDNA傷害チェックポイントのシステムを効率よく働かせている、という一連の結果です。直感的にはそれだけ見るとNeat1それ自体はむしろガン化を抑制しているように思えますが、Neat1がDNA傷害チェックポイントを働かせているということは、ガン化してDNA複製システムが暴走した細胞を必死になだめて「殺さない」ということにもなっており、それが仇となって、結果としてガンが増悪してしまう、ということみたいです。平清盛が池禅尼の言を入れて頼朝を殺さなかっために後に平家が滅ぼされることになる、みたいなものでしょうか。頼朝さん、ガンに例えてしまってごめんなさい。Neat1のここでの立ち回りは池禅尼です。実際、池禅尼Neat1がいなくなると、抗癌剤がよく効くようになります。やっぱりNeat1、悪い奴です。
Lauraさんの方では、僕が送ったMEFを使って色々な実験をしています。結構クリアーな結果が得られているのが、MEFにE1aとHRasV12を発現させて、コロニー形成能や接着非依存性の増殖を見た実験で、Neat1 KO由来のMEFはp53 KO MEFのように、腫瘍化の傾向を示します。実際、E1aとHRasV12発現MEFをSCIDマウスに移植して腫瘍を形成させると、KO MEFはWT MEFよりも、ずっと大きな腫瘍を形成します。つまり、Neat1はガン抑制遺伝子として働いていることになります。興味深いことにこれらのMEFでは放射線をあてた時の増殖停止やがん遺伝子を発現させた時の細胞死の増加には変化が見られないことから、p53が制御している細胞死誘導、増殖停止、形質転換抑制のうち、前者2つには関わっておらず、主として形質転換のところで効いているということのようです。というわけで、Neat1はやはりごんぎつね、良い奴です。
ここまで見てきて皆さまもうお分かりになったと思いますが、結果の違いは細胞による違いが大きいのではないかということが予想されます。Chrisさんが用いているのはin vitroではMCF7、in vivoではケラチノサイト、Lauraさんが用いているのは、in vitroではMEF、in vivoでは膵臓の腺房細胞。Neat1は状況によって良い奴にも悪い奴にもなる、ということなのでしょうか。そういう、状況によってコロコロ態度を変える奴をワルい奴と呼ぶんだ、という話は置いといて、context-dependentに機能が変わってしまうというのは、かなりlikelyなことかと思います。では、主に中国のグループからこれでもかこれでもかこれでもかと出ている高NEAT1発現ガンは予後が悪いという論文は何なの?という話になるかと思いますが、同じく中国のこれまた別グループが様々なデータを、パワー全開、どん、とまとめてmeta analysesをしていまして、その論文によれば、NEAT1が上がっているガンもあればあまり変わらないガンもある。むしろ下がっているガンもある。ということらしいです。これは納得。興味深いのは、同じガン(例えば胃ガン)をとってみても、あるグループは上がっているという報告をしており、あるグループは変わらないという報告をしている点です。最近廣瀬さんのところからNEAT1はTrizolを使って抽出しても不溶性画分に行ってしまって回収できないケースがある、という驚きの論文が出ましたが、Neat1の可溶性が変化していることで一見発現が変化しているように見えているという可能性もあるのかな、という気はしています。中條スペシャルでRNAを回収して解析を行うべきなのかもしれません。また、同じ臓器由来のガンでも、地域によってその原因が異なっていて、そうなると異なった性質のガン細胞ができやすいという可能性もあるのでしょうか。僕自身はガンの専門家でないのでトンチンカンなことを言っているかもしれませんが、中国は広いですし、各病院ではその地域の患者さんのサンプルを解析していることが多いでしょうしから、そういうことがあっても不思議ではないような気がします。NEAT1の発現に関して異なった結論が出ている患者集団のガン細胞の発現プロファイルを見ることができれば、そのあたりクリアーになってくるかもしれません。
いずれにせよ、一番の問題は、Neat1がごんぎつねであれ池禅尼であれ、その作用メカニズムがまだわかっていないというところにあると思います。パラスペックルsphereのsequesterモデルを考えると、そのcoreにどのような成分をくわえ込んでいるのか、というところが重要になるわけですが、それが細胞によって異なれば、当然パラスペックルの機能も異なってくるはずです。セミナー等で、パラスペックルの構成成分は細胞ごとに異なるのですか?という質問をよく受けるのですが、これまでは現在知られているパラスペックルの構成成分はubiquitousに発現しているものが多いので、細胞によって数が違うということはあるかもしれませんが、質は変わらないのではないか、と返答していました。でも、よくよく考えてみると、そういう質問をされた方々はかなり本質をついていたのかもしれません。これだけ細胞によって作用が異なるということを考えると、黒パラスペックルと白パラスペックルがあっても良さそうです。黒ノリ、白ノリ、みたいなもんでしょうか。頑張れ中村ノリ。僕は黒ノリさんも嫌いじゃなかったです。はい。いつも通り話が散漫になってきてうえだいぶ長くなってしまいましたので、この辺で、、、