2017年09月13日(水)

十年後の君しか見ない!

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「十年後の君しか見ない!」

研究者として自信がもてず、不安な日々を過ごしていた頃、運よくも“さきがけ研究”に選んでくださった時に、元熊本大学学長の江口吾郎先生に、最初に呼び出されてかけられた言葉がそれでした。

すでに活躍が確信できるグループの他の研究者に比べると相当見劣りしていたのは、自分が一番よくわかっていました。師は、本人が足りないことを自覚していることもよくお見通し。それでも続けるなら、来年でも、研究計画期間の3年でもない、10年後に期待された時、これからもずっと研究者として生きていこうと、初めて心が晴れた気持ちになりました。

まず、研究に対する姿勢、アプローチが自分の中で大きく変わっていきました。10年後に花開くような、10年後には間に合うような、研究基盤を構築し、ベタな研究技術ももう一度手に付けていくことになります。他の研究者ができるようなマイクロアレイなどのアプローチは極力避けることにもなります。

全身の発生過程において、組織特異的な発現をするもの、組織間で共通の発現をするものを見出すために、まずは全転写因子・コファクター1500遺伝子のホールマウントインサイチューハイブリダイゼーションを、特に組織・臓器発生がダイナミックにおこるマウスの9.5日、10.5日、11.5日胚で観察し、そのデータベースを作ってみようと、仲間もお金もないときに見切りスタートしました。毎日積み上げるデータからはとにかく面白いことが溢れでてきました。真夏の満天の星空のように肢芽を埋めつくす想像もしていなかった遺伝子発現の景色は、それに意味がないはずがないと確信させるもので、また今ある教科書的な情報がなんと薄っぺらいものかと心震わせるものでした。せっかくのデータをどうにか世界の研究者に共有してほしいという願いから、3次元的な顕微鏡写真の取得を開発、バーチャルな研究室であたかもリアルタイムにWISHデータを観察するようなAEROデータベースが完成されました。現在はクラウド化され、エジンバラ大学のEMAGEと相互乗り入れも果たし、世界最大級のデータベースとして今も活躍してくれているEMBRYSデータベースは、既に多くのスピンオフ研究を生み出しています。

ノックアウトマウス作成も全ての工程をラボ内で行おうと、ラボ内でチームを作り、ターゲッティングベクター作りからES扱い、マウスへのインジェクションまでラボ立ち上げから1年ほどで確立し、多くのノックアウトマウス作成に成功するようになりました。国立成育医療研究センター研究所はまだ新築ほやほやで、マウスのケージを買うところから始め、テクニシャンを雇う余裕もなかったことを考えると、今振り返ってもどんどんノックアウトマウスが生まれるようになったのは奇跡のように思います。このシステムのおかげで、遺伝子発現の新たな切り口として始めた組織特異的なマイクロRNAの研究においても、miR-140のノックアウトマウス作成に成功します。また、TALENやCRISPRのシステムでの遺伝子改変をいち早く成功でき、シリーズでY染色体のノックアウトマウスの作成に成功したのも、ノックアウトラットの作成と解析で先鞭をつけることができたのも、苦労はしましたが全てのシステムをラボ内で立ち上げてきたおかげです。最初に無理してよかった、と思います。

WISHデータベースと平行してもう一つ取り組んだのが、細胞ベースでのハイスループット・ファンクショナルゲノミックススクリーニングです。1997年、留学時代、私の所属したハーバード大学Cell Biologyでは、遺伝子ライブラリーを小さなプールに分けて、スクリーニングを機能的に行うという戦略が全盛期でした。その威力をまざまざと見せつけられていたので、全ての遺伝子を機能的にアレイし、ロボティックスを駆使したハイスループットでスクリーニングするというスクリプス研究所のシステムには驚愕しました。当時は予算がなく、複数の企業に相談をもちかけ、それぞれの企業の興味あるスクリーニングを行うことを条件に、システム立ち上げの予算を確保することができました。また、RNA階層での機能スクリーニングを行うためのオリジナルライブラリーは2005年くらいからスタートして、やっと2017年に完成、PNASに報告することができました。振り返ると大変な道のりでしたが、おかげで、随分ピットフォールを経験でき、リカバリーの仕方を学ぶことができ、これが今の医科歯科大学のファンクショナルゲノミックスに繋がっています。

この10年を振り返って、生命科学の分野の大きな発展に改めて驚くとともに、我々の生活を囲む環境も大きく変わりました。丁度10年前、GMAILを始めた私がガジェット好きの友人に送った私のメールがアーカイブされておりました。内容は「アメリカでiPhone手に入れた。かなりすごい。でも日本語化がうまくいかない。」でした。

そうそう、それから約束の10年がたって、東京医科歯科大学に移動するにあたって、江口吾郎先生には色紙にお言葉を頂きました(写真)。印も今回ご自身で作れたのこと。私は感激とお礼をこめて、胸をはって次のように申しあげました。

「先生、もう10年間、執行猶予をください。」

 

(一部、日本骨代謝学会に依頼いただいた手記に重複する部分があります)

浅原 弘嗣

東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 教授
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