2016年11月02日(水)

1足す1は2よりもっと

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論文というのはその核心を捉えた時から実際の原稿の受理までには時間がかかるもので、衝撃のデータを目にして雷に打たれたように全身が痺れた瞬間であるとか、これだ!これだ!この技術さえあればうまくいくと世の中全てがバラ色に思えるような、新婚当時のウキウキした気分に勝るとも劣らぬ高揚した気分(今がウキウキしていないとは言っていません)は、数カ月、数年越しのクソ思慮深きレフリーとのバトルを終え枯れ果てた悟りの境地に入ってしまうと、今更どうこう話す気分にもなれないものです。でも、この論文だけは発表後も新婚当時のウキウキした気分が続いているので(今がウキウキしていないとは言っていません)、その馴れ初めから論文に至るまでを、3回シリーズで、、、いや、いつも分量が多くなりすぎるので、今回は読み切りでお伝えします。

ノンコーディングRNAであるNeat1が骨格となる核内構造体パラスペックル。この不思議な構造体の重要な生理機能として妊娠黄体形成を介した妊孕性の維持があるということは分かったものの、表現型の浸透率は50%ぐらい。即ち、パラスペックルがなくても正常な個体もいれば全く不妊である個体もいて、何がその差を生み出しているのかについての原因は、個体レベルの表現型解析ではよくわかりませんでした。であれば、もっと分子よりの研究をしてやろう、ということで、常套手段である、「興味のある複合体の構成分子を全て決めちゃおう」アプローチを取ることにしました。

とはいえ、核内構造体パラスペックルの構成蛋白質については、当時産総研、今は北大の廣瀬さんが、すでにほぼ記載し尽くしておられました。不朽の名作、Naganuma et al. 2012は、タイトルこそかなりマニアックなRNA isoformの生成機構の解明ですが、実はこれ、パラスペックルのタンパク質の構成成分全て決めちゃいました、というマイルストーン的論文です。しかしながら、この論文に含まれているタンパク質のリストのいずれもがユビキタスに発現しているもので、特異的に妊孕性に関わっているとは思えないものばかり。そこで、パラスペックルのタンパク質ではなく、パラスペックルに含まれる「RNA」を解析したらどうか、ということを思いつきました、というか、学会発表のたび、そういう実験をしたらという突っ込みを受けていたので、よし、やってやろうと。ちょうどその頃、Keystone meetingに参加したのですが、Bob Kingstonラボのポスドク、Jason West君が、CHARTと呼ばれる方法を用いてNeat1複合体を精製してゲノムへの結合部位を決めているという発表をしていました。げっ!これってほとんどそのまま僕がやろうとしていることではないか。。。トークの後すぐに駆け寄って、かくかくしかじか、ちょっとゆっくりお話する時間取れますか?とお願いしたら、「ん、もちろん。喜んで。いついつがいい?」と、翌日、休憩時間の時に話をすることになりました。

で、話を聞いてみると、とりあえずJason君はNeat1複合体に含まれるRNAのことを調べるつもりではないということ、 発表では話さなかったけれどもタンパク質の質量分析解析は一応進めているけれどもなかなか難しいこと、RNAを見るのであれば共同研究は大歓迎であること、などなど、とんとん拍子に話が進み、一応ボスの許可も取っておこうかね、ということでコラボについてBobさんにメールで打診したところ、これも二つ返事。ラッキー!

ただ、Jason君はHumanの培養細胞で仕事を進めていたので、黄体細胞の分化のキーとなる標的mRNAが含まれているとは限りません。やはり、自分が見たい細胞でNeat1 CHARTを実施した方がよかろうということで、僕が黄体細胞の初代培養を作成し、固定、細胞のペレットにした状態で凍結>ハーバードに輸送>Neat1 CHART>理研に輸送>RNAseq解析、という流れで仕事を進めていこうということになったのですが、で、どんぐらい細胞いるの?と聞いたら、うーん、15 cm dish 10枚ぐらいかな、とさらっと、さらっと言ってくれました。黄体の初代培養はPMSGを注射した4週齢のメスの卵巣から調整するのですが、一匹あたり3.5 cm dishで1-2枚しかとれません。えーと、10 cm dish1枚で5匹、15 cm dish1枚で10匹、10枚で100匹!

最初はNeat1 KOマウス由来の黄体細胞をネガコンに使おうと思っていたのですが、これは現実的ではないということで、野生型の卵巣から撮った細胞をActD処理をしてパラスペックルを壊した細胞をネガコンに使うことにしました。いずれにせよ、必要なネズミ200匹。。。一度にダイセクションするのは到底無理だし実験が雑になるので、一日20匹、週に2回、ひと月余りかけてせっせと細胞を集め、ハーバードに空輸!税関で止められないように、荷物が無事に着きますようにと、この時ほど切実に祈ったことはありません。

細胞を用意する間に、Jason君はマウスのNeat1 CHARTの条件を細かく決めてくれていました。CHARTはいかに「露出しているRNA部分に対する特異性の高いオリゴ核酸をデザインできるか」が肝になります。いろいろ試行錯誤の末、効率の良いオリゴを2組決めてくれて、3T3で条件出しをして少なくともNeat1が落ちてくること、パラスペックルタンパク質も濃縮されること、など、次々とデータを送ってくれます。なんせ仕事が早い。そのデータに励まされ、こっちも頑張らなきゃ、ということで、どんどんモティベーションが高まります。思うに、共同研究が上手くいくかどうかというのは、この、「一緒に頑張っている感」がどれだけあるかどうかのような気がします。

そして、1か月にわたるダイセクション地獄の末に得られた、凍結した細胞のどぼちょんペレットを送ってほどなく、Neat1 CHARTのRNAが送られてきました!早い、早いよJason君。RNAseqのためのライブラリー作製は自前でやるのはちょと腕に不安があるし、ここまで手間をかけてそこでつまづくのは馬鹿らしいので、プロにお願いすることに。理研の次世代シークエンサー関連の人が集まるミーティングで久しぶりに顔を合わせた、CDBの工樂さんのチームにお願いすることにしました。工樂さんとは、昔々、大昔、まだ恐竜がそのあたりを歩いていた頃、Wntがらみの仕事でよくディスカッションしていたことがあったのですが、その後、お互い別の方向に研究を進めていったので、ほとんど顔をあわせる機会もなく、まさかこういうところで研究が再びクロスすることがあるとは思ってもいませんでした。研究の来し方いく末は本当に面白いものだと思います。

工樂さんのところは何せembryoを扱う集団の中でコア・ファシリティーをやっておられるだけあって、少量サンプルはお手の物。15 cm dish 10枚から集めたと言ってもNeat1 CHARTで得られたRNAはそれほどたくさん集められたわけではなかったのですが、普段CDBで扱っているサンプルに比べれば楽勝!ということ。ただ、一つトラブったのが、ペレットの青い色。少量のRNAを沈殿させるためにJason君はペレットが見易いキャリアーとしてGlycoBlueという試薬を使ったらしいのですが、なんせペレットが青い!これがRNAの定量を邪魔するかもしれないということで、新たに工樂さんのところでカラムを通したりしてくださったのですが、それでも色が消えず。うぬぬ、、、成分は、おそらく単なる糖のくせに、カラムを通しても色が消えぬとは、お主、何者ぞ。ともあれ、市販されているものだからその後の反応で悪さをするわけではなかろうということで気にせず先に進めましょう、ということになりました。その後のライブラリー作製、定量、含め、工樂さんのところの種子島さんとコア・ファシリティーのチームの方々の機転と技量には、本当にお世話になりました。自分でやっていたら、10年経っても一歩も進んでいなかったような、、、

そんなこんなで、Neat1 CHARTをすると、AG-richなRNAが濃縮されることがわかり、先日の論文の最後のfigureを飾ることになりました。色々な想いの詰まった論文。共著者の方々、試薬の海外納品の手続きに奔走してくださったアシスタントの梨木さんをはじめ、謝辞に入っていただいた方々、誰一人欠けてもあそこまで完成度の高い(自画自賛)論文に仕上がることはなかったと思います。


最近、つくづく思うのが、研究のスタイルは時代とともに変わっていく、ということです。僕が学生の時は、論文は著者二人(手を動かした人、ラボのボス)というのに憧れていましたし、そういう論文が出ることに、至上の喜びを感じていたのは、実際そうでした。また、研究室というものは、全て自前でやって一人前、大事なところを人に任せているようではダメダメ、みたいな雰囲気も、当時はあったような気もするのです。超遠心機も、コンフォーカル顕微鏡も、電顕も質量分析機も、全て揃っているラボこそ一流、みたいな。でも、僕自身の中でのそのあたりの感覚は、暖かいシャワーがいつの間にか冷たいシャワーに変わるのがデフォルトの英国に留学したぐらいから徐々に崩れ始め、2 photon顕微鏡も、使う人がいなければただの物置、高級物置、ミクロンオーダーの振動まで完全に吸収してくれる完璧な物置と化しているのを見聞きするにつけ、コア・ファシリティーを中心とした研究環境、トランプのナポレオンと副官のように得意なカードを補完しあうような共同研究こそが、知の平原が広がりすぎて最前線を線としてカバーしきれなくなった今日び必要なことなのかな、と、思ったり、しています。そういう中、新しい装置を開発したわけでもなく、自前のアッセイ系を持つわけでもなく、バスコークをスライドグラスにぬりぬりしてよろこんでいる自分が情けなくなるところもあるのですが、どこかで何か役に立つこともあろうかと。。。領域の超解像顕微鏡、オペレーターとしてはそこそこお役に立てると思いますので、是非是非、ご利用くださいませ。

ん?そういうえば、今回の論文のメインテーマ、超解像顕微鏡観察に関してのlong long storyを書くのを忘れてしまいました。また次回(結局読み切りにならない)。。。

 

中川 真一

北海道大学 薬学研究院 教授
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