結果的には半年ほどで別のテーマをやることになる。切片を切って観察し、写真に撮るところまで何とか出来るようになったのだが、私が単位を落としまくっていたせいで、研究室に参加した5回生(4回生ではない)の最初の半年は講義を週に5コマほど取らなければならず、細切れで、切片作成のようにまとまって集中しなければならない実験はやりにくかったためである。
その代わりに、勝手な実験をよくやった。受精直後の胚をフォイルゲン染色して染色体像を観察してみたり(まぁ記載としてはわからんでもない)、研究室にある抗体を使って受精卵のウエスタン解析をやったり(やってみたかっただけ)、昆虫の受精卵に超大量に存在する卵黄タンパク質を各種プロテアーゼで分解してフィンガープリントを作り、種間で比較してみたり(何が知りたかったのか...)、といった具合である。研究室の隅でほこりをかぶっていたディスク電気泳動装置を引っ張り出し、未処理の未受精卵と熱処理により賦活化した受精卵を、二次元電気泳動で比較し、賦活化に伴い発現が変化するスポットを探すというよく訳のわからない実験をしてみたりもした(何か違いが出ればいいかなぁ、と思ったらしい。ちなみに受精直後であってもHsp70の熱誘導がかかることをこの時初めて知った)。もちろん全くまとまったデータにならなかったが、おかげでサンプル組織の扱い方とSDS-PAGEのコツは何となくわかってきた。このときの経験は、博士課程の時に行った一連の生化学実験の際に、非常に役に立ったと思う。今でも思い出すのは、研究室に入って最初の大型連休の時に、講義がないことを幸いに、三日間ほど研究室に泊まり込んで実験していたことである(重ねて言うが、上記のような荒唐無稽な実験を、である)。実験が楽しくてしょうがない時期でもあった。本来のテーマである精子形成をそっちのけで、ハマりまくっていたのである。
人から(教員から?)言われたことでなく、自発的にやる実験にこそ面白さがあるのは当然であろう。また、思いつくことは全てやってみるというのは、結果的には決して無駄にはならなかった。実を言えば、そういうことが出来る環境は、(特に研究者のタマゴにとっては)ある意味非常に恵まれた環境である。予算もなく、学生も学部生しかいないという状態で、あからさまに思いついただけとしか思えないような実験を、半年以上好き勝手やらせてくれたボスには今でも感謝している。
なお、あまりにも無計画な実験を(しかも講義に邪魔されないという理由で真夜中に)繰り返す私を見かねて、当時のボス(大石陸生先生)が次に与えてくれたのが、卵黄タンパク質cDNAクローンの発現スクリーニングであり、修士の研究テーマとなった。このテーマでDNAやRNAの扱い方を知り、分子生物学の世界を垣間見ることが出来たことが、その後の私のキャリアの出発点となったのは間違いないが、実際には好き勝手やらせてもらった最初の半年間の経験があったからこそ、その後も荒唐無稽なテーマ(noncoding RNAとか、小さいペプチドとか...)に躊躇することなく挑めたのではないかと思う。三つ子の魂百まで、である。