線虫には遺伝子がたった1個しかありません。その代わり、組織特異的なプロモーターが2つ、エクソン4が2つ、エクソン5が3つ、C末端をコードするエクソン9が3つ! これだけの選択的スプライシングを組み合わせれば相当な数のアイソフォームが作れそうですが(実際にWormBaseには多数のアイソフォームが載っています)、実験的に報告されていたのは合わせてもたった4つでした。
私たちは、L1ステージに同調した線虫のRNA-seqのデータを見ていて、この線虫のトロポミオシン遺伝子にはもう1組の相互排他的エクソンがあることに気が付きました。すなわち、今はエクソン7bと呼んでいるものと同じサイズのエクソン7aが全体の5%程度検出されたのです。
そこで今回、このエクソン7aを含むアイソフォームをRT-PCRで探したところ、アイソフォームとしては1種類増えただけでしたが、その発現パターンが意外で興味深いものだった、ということです。
さて、この頭部の筋肉はその他の筋肉とはなにか性質が違うのでしょうか?
ここからは、線虫の細胞骨格の専門家、米国Emory大学の斧正一郎さんとの共同研究です。
線虫では、「The million mutation project」というのがあって、ランダムに変異を入れた計2千株の全ゲノムシーケンスを行い、2万個以上の遺伝子に見つかった80万個の一塩基変異(SNV)の情報がすべてWormBaseに入っていて、Caenorhabditis Genetics Center (CGC)にリクエストすると変異体株を廉価で入手できます。
トロポミオシン遺伝子にマップされている一塩基変異を探してみると、幸いにも、エクソン7aの中に一アミノ酸置換変異を持つものがありました。既存の変異体にはエクソン7bに一アミノ酸置換変異を持つものがありました。
そこで、線虫をレバミゾール(アセチルコリン受容体のアゴニストと考えられており殺虫剤としても使われる)で処理すると、野生型は全身の筋肉が収縮して麻痺してしまいますが、エクソン7a変異体では鼻先の筋肉だけが耐性、エクソン7b変異体では首から下の筋肉だけが耐性でした。つまり、どちらのエクソン7がコードする領域も、一アミノ酸置換により筋肉があまり収縮しないようになっているのです。
正直なところ、トロポミオシンのエクソン7を頭部の筋肉でだけ使い分ける生物学的なメリットはまだ解りません。ただ、トロポミオシンと共にはたらくトロポニンIにも頭部の筋肉だけで発現するアイソフォームが報告されており、トロポミオシンとトロポニンIの特異的な組み合わせによって筋の性質が制御されているようです。
体壁筋の中でどうやって頭部の筋肉だけで選択的スプライシングを変えているのか?
ほかにも同じように頭部の筋肉だけで発現するスプライスバリアントを持つ遺伝子があるのか?
これらも残された課題です。