博士号を取得してポスドクとして廣瀬研に移って半年以上が経ったある日、着目していたRNAを定量するためにRT-qPCRを行い、その結果をラボの他の方に見てもらいました。 すると、コントロールとして何気なく調べたNEAT1のサイクル数が異常に後に出ていることを指摘されました。 そのままでは気持ち悪かったので、他の日に行ったRT-qPCRの値も見直したところ、GAPDHやMALAT1の検出量は毎回安定しているのに、NEAT1だけが、ラボの他の方々による検出量よりも少なく、しかも検出日によって2倍以上ぶれていたことがわかりました。
その原因として最初は、細胞の状態によってNEAT1の発現量が変わったのだと考え、培養方法を周りの方に見てもらったのですが、何もわかりませんでした。 うーん、廣瀬研に来てNEAT1がまともに検出できないのはマズイ。 それに一事が万事で、他の実験結果も信用できなくなってしまいます。 できて当たり前の実験ができないのは、とてもつらく、通勤の電車で毎朝胃が痛くなりました。 何が問題なのでしょう。。。
そのような折に、ラボの方が以前に、細胞をTRI Reagent(TRIzolと同等のRNA抽出液)に溶かした溶液を激しくピペッティングしていると言っていたことを思い出しました。 その話を聞いた時は、「ピペッティングしたくらいで何が変わるのだろう」と思っただけでした。 しかし、このような困った状況に陥り、実際に細胞-TRI Reagent液を激しくピペッティングしてからRNAを抽出し、NEAT1をRT-qPCRした結果、NEAT1の検出量が数十%増えたではありませんか!
そこで、より激しい破砕処理を行ってみようと考え、試しに25ゲージの注射針に細胞-TRI Reagent液を30回通してみました。 その結果、NEATの検出量が20数倍に増加したのです。 ちなみに、GAPDH やMALAT1 の検出量は変化しませんでした。
では、NEAT1の検出量の増加は、細胞からのNEAT1抽出量の増加によるのでしょうか? それともNEAT1の逆転写反応量の増加によるのでしょうか?これらの可能性を検証するために、逆転写反応に依存するRT-qPCRではなく、ハイブリダイゼーション反応(RNaseプロテクションアッセイ)を使ってNEAT1を検出しました。 その結果、ニードル処理を行うとNEAT1のバンドの濃さが20倍以上になり、NEAT1の抽出量が激増することが判明しました。
このような経緯で、この研究は始まりました。 やはり、実験で変なことが起きた場合には、きちんとその原因を明らかにすることが重要ですね。 既存のロジックからはみ出ることが起きた場合は、新しい発見の種が顔を出しているのかもしれません。 また、そのような発見の種を見逃さないようによく見ること、鼻を利かせることが大事であることを実感しました。
その後の研究で、さらに次のことがわかりました。
・通常のRNA抽出方法では、細胞由来のNEAT1は水層ではなくタンパク層にトラップされていたこと
・FUSというNEAT1結合タンパク質、特にFUSのプリオン様ドメイン(タンパク質結合ドメイン)がNEAT1の抽出のしにくさの主たる原因であること
・NEAT1と同じように抽出しにくいRNAをHeLa細胞で探索した結果、様々なRNAが見つかり、そのうち量が比較的多い8種類はパラスペックルのような核内顆粒を構成すること
今回、上記の研究内容に関して、とりあえず論文をまとめることができましたが、まだまだやりたいことがあり、頑張っていこうと思います。 今回の研究では、特に中川先生に超解像度顕微鏡観察、DRB処理方法の情報、相補実験などでたいへんお世話になりました。 また、大学院生の時にも顕微鏡について色々と教えていただきました。 この場をお借りして感謝申し上げます。