2015年08月28日(金)

スティングなRNA

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 若い頃、毎日のように映画館に通っていた時期がありました。そこで出会ったとりわけお気に入りの一本に「スティング」があります。かつて隆盛をきわめたアメリカンニューシネマの名作で、ジョージ・ロイ・ヒル(監督)、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォードとくれば、心が躍る方もいらっしゃるのではないでしょうか。スティングは、「詐欺」をしかける映画、それも大仕掛けの…。1930年代のシカゴ、ギャングのボスに仲間を殺された駆け出しの詐欺師フッカー(=レッドフォード)が、仲間の敵をうつために、すでに引退した伝説の詐欺師ゴンドーフ(=ニューマン)と組んで世紀の大勝負を仕掛けます。映画は、クライマックスに向けて着々と進行します。なんともファッショナブルな古き良き時代のフレーバーの中をストーリーが流れていきます。複雑な伏線、場面設定、人物配置が実に巧妙で、観ている側はいつしか映画の中で進行する大仕掛けの中に引き込まれていきます。そして最後のクライマックスを迎えるのです。その、見終わったときの「やられた!」という爽快感が何とも言えません。この見事な「裏切られ感」はクセになります。

 前置きが長くなりましたが、私の研究人生の中でこのように「やられた!」と叫んでしまった論文が、この一本です。

A mammalian gene with introns instead of exons generating stable RNA products. Tycowski KT, Shu MD & Steitz JA. Nature 379:464-466 (1996) PMID: 8559254

 ご存知のように真核生物の遺伝子構成は、エクソン(=mRNAになってタンパク質に翻訳される重要な部分)とイントロン(=切り取られて捨てられる意味のない部分)から成っていることは既に常識です。ところがこの論文で報告された遺伝子UHG(最近ではSNHG1)は、イントロンの方に機能性ノンコーディングRNAを生み出す能力があって、エクソンからなる転写物はNMDで迅速に壊されてしまうという「イントロンに意味があり、エクソンはジャンク」というまさしく「裏返し遺伝子」であるということを見事に示しています。この発見が、これまでの遺伝子構造のパラダイムを一掃するほどのインパクトがあったか、と言われれば、これは特殊な例にすぎないのかもしれません。ただこれを見せつけられたときの感覚は、まさしく「スティング」を見終わったときの心地よい裏切られた感でした。

 実はこの話を初めて聞いたのは、実際にこの論文がでる1年も前、バーゼルFMIのオフィスでした。筆頭著者のポーランド人(Kazio Tycowski)が、かつての恩師(Witek Filipowicz)に電話をしてきた場面に、たまたま私が居合わせたのです。そのころ私は20代の駆け出しで、ヨーロッパの学会後に気楽なラボツアーをしているところでした。この話を聞いて、学会で見聞きしたすべてが吹き飛んでしまった覚えがあります。つまり本当はこれが、私にとっての「スティングな体験」なのでした。そして奇遇にも、その3年後、私は雲の上の存在だったSteitzラボのポスドクになるチャンスを得て、Kazioとはベイメイトとして深く交流していくことになりました。今思えば、このときの「スティングな体験」が、その後の私の進む道を決めてくれたのかもしれません。

 この新学術領域で取り組んでいるノンコーディングRNAの世界でも、「スティング感」を醸し出せる発見にたどり着きたいと思っています。もちろん今度は、裏切られるのは私ではありません。

廣瀬 哲郎

北海道大学 遺伝子病制御研究所 教授
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