2017年06月14日(水)

Passport to the Future

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 つい最近、パスポートの有効期限が切れている事に気がつきました。慌てて申請手続きを済ませ、使えなくなった古いパスポートのスタンプやビザをパラパラと眺めていると、10年前の記憶がよみがえってきます。パスポート取得日は2006年10月。私がポスドクとしてアメリカに渡る直前に更新したものです。思い起こせばその翌年の2007年は、これまでの人生で一番タフな一年でした。

 学生時代に研究していたnanos というmRNAのポリA鎖の短縮が、Antonio Giraldez(当時ハーバード大ポスドク)が研究していたmiR-430というmicroRNAによるものだということを運良く発見した私は、microRNAを次の10年の研究テーマとすべく、2007年にYale大にできたばかりのAntonioのラボに合流しました。前年にはRNAiにノーベル医学生理学賞が出たこともあり、当時microRNAはまさにブームの真っただ中。その最前線を走る気鋭の若手研究者が名門Yale大学に立ち上げたラボに、ファーストポスドクとして加わる。今考えるとややミーハーでリスキーな選択にも思えますが、当時の私はさほど深く考える事もなく、意気揚々とアメリカに乗り込みました。しかし私の甘い考えは、ラボの扉を開けた瞬間に粉々に打ち砕かれることになります。改装が終わったばかりのラボにはまだ何もなく、卓上遠心機が1つだけポツンと置かれていました。渡米直前のメールには「すべて順調、早く来てくれ」とあったのに。早く来てくれとはこういう事だったのか、ここに来たのは間違いだったか、という思いが何度も脳裏によぎりました。幸いにしてその後はどうにかこうにか実験が動き始めましたが、あのカラッポのラボを見た時の衝撃は、今でも忘れられません。

 あれから10年、人気の絶頂にあったmicroRNAの勢いはすでに衰えたように思います。確かに2007年の時点でmicroRNAは標的mRNAの分解と翻訳抑制を引き起こすこと、その標的認識ルール、microRNA欠損時の表現型、などはあらかた報告されており、分野としては各論へとシフトし始めるころだったかもしれません。作用メカニズムに関してはまだ謎が残されていますが、こちらはこちらで、泊さんや藤原さんのような生化学のプロじゃないと辿り着けない領域に達しています。私自身の研究も一番最初にmiR-430に出会った時がピークで、その後は徐々にmicroRNAから離れていくことになりました。結局microRNA研究を通じて得たもっとも大きな収穫は、わずか10年余で一つのブームが過ぎ去る様を肌で感じた経験かもしれません。

 今やすっかりncRNA研究の主役となったpiRNAやlncRNA、CRISPRの華々しい姿を横目に見ながら、ここしばらくは我慢の日々が続いていましたが、最近幸運にもtRNAとコドンがmRNA安定性の制御に関わるという面白い現象に出くわす事ができました。どうも自分には流行を気にせず地道に研究するスタイルが合っているようです。次の10年、新しいパスポートが切れる頃、コドンとtRNAを新たなテーマとした自分の研究がどのような展開を迎えているのか。まだまったく想像はつきませんが、今度はmicroRNAより付き合いが長くなるような予感がしています。今回の新学術領域研究でその最初の一歩を踏み出すことができるよう頑張りたいと思います。

三嶋 雄一郎

京都産業大学 総合生命科学部 生命システム学科 准教授
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