2014年10月06日(月)

偶然

投稿者:

今でこそ、私はしれっと「RNAの専門家」のような顔をしていますが、私とRNA研究との出会いは、ほぼ偶然と言えるものでした。私のいた学科では、学部4年生時の研究室配属に教員は介在せず、学生の間だけで決めることになっていたのですが、当然、研究室によって希望者が多かったり少なかったりするので調整が必要になります。私達の学年では、長時間の議論の結果、(こともあろうか?)希望者が定員を超える場合にはトランプを引いて、出た数字が少ない者から順に配属できるという方式を採用することになりました。

当時、私が興味を持っていた研究室は2つありました。しかし、両方とも学生の間では大変人気があり、配属されるためには「トランプくじ」を引く必要がありました。特に、そのうちの1つは最も人気が高い研究室であり、つまり、くじに外れる確率も最も高いと思われました。そこで、私はあえてその一番人気の研究室を見送り、もう一方の研究室を第一希望とすることにしました。それでも定員は超えていましたので、祈る気持ちでトランプを引き、見事配属を勝ち取ったのが、渡辺公綱研究室。さかのぼればmRNAのキャップ構造を発見された三浦謹一郎先生から続く由緒正しいRNAの研究室であり、工学部にありながら、tRNA、遺伝暗号、翻訳システムなど、RNA中心とした生命の根源のしくみを解き明かそうとする人々が集まっていました。こうして私は、その複雑さのかけらも分からないまま「RNAというもの」を研究し始めることになったわけですが、あの時もしもう1つの研究室を希望していたら、あるいはもし「トランプくじ」にハズれていたら、私の研究者人生、あるいは私の人生そのものは全く違うものになっていただろうと思います。

さて、渡辺研に配属された初日、渡辺先生は我々新入生一人一人に「君は将来どういうことをしたいのか?」と尋ねられました。当時21歳だった私は「人の役に立つ研究がしたいです。」と答えたのを覚えています。今から考えればいささか青臭い答えですが、渡辺先生は「研究というものは何をやっても必ずいつかは人の役に立つのだ。だから今自分が面白いと思うことをとことんやれば良い。」とにこやかにおっしゃいました。「南無阿弥陀仏と唱えれば必ず極楽浄土に行けるのだ」のごとく平明にして深遠なこの言葉は、今の私の研究スタイルに少なからず影響を与えていると思います。

ちょうどその頃、この新学術領域でもご一緒させていただいている鈴木勉さんが、渡辺研の助手として赴任して来られました。今でこそ私と同じような体格の鈴木さんですが、当時はとてもスマートな体型で、スキーやテニスが得意、まさに「お兄さん」という感じの印象でした。鈴木さんの監督のもと、私が最初に取り組んだテーマは「生体外タンパク質合成系における非天然アミノ酸の導入」。これは、tRNAの3’末端に「CCA」という配列を鋳型非依存的に付加する酵素(CCA-adding enzyme)を用いて、非天然アミノ酸をtRNAに付加させる方法を確立し、in vitroのタンパク質合成系で使えるようにする、というものです。最初の頃は、実験に慣れず、とんでもない失敗もたくさんありました。例えば、初めて注文したDNAプライマーを溶かす際、TEバッファーの代わりに水を入れてしまったことに気づき(もちろん実際には水でも問題ないのですが、当時は「しまった、間違えた!」と思い)、あわててチューブを見るとまだ下の方に粉状のものが残っているかの様に見えたので、すぐさま水を捨ててTEバッファーを入れ直したのですが、粉のように見えていたのは幻で、プライマーはほとんど無くなってしまった(捨てる水を取っておくという発想さえ無かった)、ということがありました。鈴木さんは、怒るとも苦笑いとも言えない表情で「しょうがない。もう一回注文すればいいよ。」と言ってくれたことを覚えています。

そんな状態からのスタートでしたが、何とか大腸菌を用いてCCA-adding enzymeの組み換えタンパク質を調製することができました。そこで、色々と条件を変えながら実験を行っていたのですが、化学合成したアミノアシルATPがCCA-adding enzymeを介してtRNAに導入される様子は全く観察されず、落胆の日々を送っていました。しかし、実験を進める中で、おかしなことに気づきました。そもそもCCA-adding enzymeはCTPとATPを基質として、tRNAの3’末端に「CCA」という配列を付加します。したがって、ATPが存在しない状況では、「CC」までしか反応は進まないはずです。しかしなぜか、ATPを反応系に入れていない時でも、「CCA」という完全な配列が合成されていることが分かりました。これは、私が大腸菌から調製したCCA-adding enzymeにATPが固く結合し、混入していたことを意味します。実際、結合能を測定してみると、CTPよりもATPの方が遙かに固くCCA-adding enzymeに結合することが分かりました。そこで、グルコース存在下でATPをADPに分解する酵素であるヘキソキナーゼを使って、CCA-adding enzymeのストックを処理した後にもう一段精製したところ、無事ATPの混入は無くなりました。しかし、今度はCTPだけで反応させるとCCC…とCが伸びてしまうことが分かりました。Poly(C)が作られている最中にATPを入れると、すぐさまAが付加され反応はピタッと止まります。つまり、CCA-adding enzymeには、「Cを重合するサイト」と「Aを付加して反応を終結させるサイト」の2つの異なる活性部位が存在しているのではないか、そして通常の状態ではATPが最初から固くくっついていてCCが伸びて来るのを待ち構えているのではないか、ということになり、非天然アミノ酸の導入には失敗しましたが、CCA-adding enzymeの反応機構モデルを提唱する論文をまとめることができました。

BUT! だがしかし、このモデルは後に否定されることになります。

長くなりましたので、この続きはまたの機会に・・・

泊 幸秀

東京大学 定量生命科学研究所 教授
▶ プロフィールはこちら

このカテゴリをもっと見る « 「生」という実感 顕微鏡 »

ブログアーカイブ

ログイン

サイト内検索