ミジンコの卵はとても小さいのでは!? と、大抵の方が思われるかと思いますが、私たちが使用しているオオミジンコの卵は、直径 0.2 〜 0.3 mm 程度で遺伝学の研究に使われインジェクションが確立されているショウジョウバエと同程度で、それほど小さいとは言えません。このため、同じくらいのサイズの卵を産む生き物の方法を真似れば、ミジンコの卵のインジェクションも上手くいくのでは、と当初は考えていました。。
しかし、、、全く成功しません。。。これは、
1)産卵後、あっという間(1、2 分以内に)膜がとても硬くなる
2)柔らかいうちに頑張って針を刺しても、破裂してしまう
ためでした。そこで代わりに、電気や超音波で細胞に微細な穴を一過的に開けて溶液を入れる方法や、親個体の卵巣や血中へのインジェクションを2、3年試みましたが、どれもこれもうまくいきません。
当時ポスドクであった私は途方に暮れていました。何かを変えないと考えた私は、他の生物の遺伝子導入法を真似るという甘い考えを捨て、卵の硬化が何故起こるかを徹底的に調べることにしました。「egg membrane hardening」などのキーワードで Pubmed を検索すると、ウニの卵膜の硬化メカニズムの研究がヒットし、 Peroxidase が硬化のキーとなる酵素であることが 1970 年代にすでに明らかとなっていることを見つけました。さらに調べていくとミジンコの近縁種のアルテミア(いわゆるシーモンキー)でも Peroxidase がキーであることが判明しました。卵膜の硬化メカニズムが進化的に保存されているらしいことがわかったため 産卵直後のミジンコの卵に Peroxidase 活性の阻害剤を曝露し抑制することにしました。すると、ついに卵の膜を柔らかい状態に保つことに成功!
しかし、、、そう簡単には実験は進まず、全く卵が硬くならないと卵形を保てない、阻害剤自体がミジンコに毒性があるという新たな問題が浮上してきましたが、シンプルに氷上で卵を冷やし酵素活性をマイルドに抑制することで、硬化を抑え、かつ正常に発生することができるようになりました。
「氷」を使って最初に挙げた問題(1)を解決できましたが、問題の(2)も解決する必要がありました。これに使用したのが、「砂糖」です。卵の高い内圧と対抗するために卵の培養液の浸透圧を毒性の少ない砂糖を使って上げることで割れにくくできることを見つけました。赤色蛍光色素をインジェクションするとミジンコの卵の緑色の自家蛍光バックに注入した色素の蛍光をはっきりと確認できました(写真)。この時の嬉しさは今も忘れません。現在、TALEN や Crispr/Cas9 をインジェクションすることで、ミジンコのゲノム編集もできるようになりました。
川田先生のカイゼン術で紹介されているように、工夫次第で身近なもので改善できること、たとえ先が見えなくても一つずつ問題を解決していくことの大切さ、を卵のインジェクション法の検討を通して学びました。